4月16日,新型コロナウイルスの蔓延を受け,新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」)に基づく緊急事態宣言及び緊急事態措置の対象地域が日本全国に拡大されました。5月に入ってからも延長される等しており,6月の定時株主総会の頃に日本と世界の状況がどうなっているかは分かりません。

 

今の時期会社内部では,現在進行形で株主総会へ向け,計算書類の承認や招集通知の準備が進められていることと思います。法律上の要件だけでなく,会場の予約,お土産やプレゼンテーションの準備はずっと前から進められてきたはずなので,急に計画を(一部でも)変更することは会社としては大きな負担となります。テレワーク等の導入で,生産性が落ちている中では尚更です。状況の不透明さと,総会計画の変更に伴う負担等から,6月総会への対応に苦慮している会社は多いのではないでしょうか。

 

◎会社が株主に対して来場を控えるように呼びかけることの是非◎

本年3月には実際に新型コロナウイルスの影響が広がりつつある中で株主総会を開催した会社も多くありました。「ご高齢者や基礎疾患を有されている方は慎重にご参加を検討して下さい」という婉曲な表現で案内を出し,来場者を減らす工夫をしていた会社もあるようです。しかし,4月に入り日本でもより一層新型コロナウイルスの蔓延が深刻さを増したことを受け,経済産業省及び法務省が合同で,株主総会運営にかかるQ&A(https://www.meti.go.jp/covid-19/kabunushi_sokai_qa.html)をリリースしました。これによれば,株主に来場を控えるように呼びかけることは株主の健康に配慮した措置として可能であると説明されています。また,あわせて,会場規模の縮小や入場制限も可能であると説明されています。これを受け,本年6月に(延期せずに)株主総会が開催される場合には,会社からより積極的な参加自粛の要請が出されるものと予想されます。

 

前記Q&Aは,新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延が未曾有の天災であり,可及的に多人数の密集を防ぐための例外的な対応策ですので,このような見解の射程については慎重に見極める必要があるかと思われます。株主総会へ参加し議決権を行使する権利は,株主権の中でももっとも基本的な権利の一つだからです。

 

決議自体は,書面投票制度(株主の数が1000人以上であれば強制)と電子投票制度(任意的)を利用すれば遠隔地においても可能ですし,一般的にも行われています。しかし,実際に会議体に参加して議論を聞いて投票することを遠隔地にて行うのは現在非常にハードルが高いと思われます。実際に遠隔で会議体に出席するとなると,経済産業省が検討を進めてきたハイブリッド出席型バーチャル株主総会(https://www.meti.go.jp/press/2019/02/20200226001/20200226001.html)を開催するということになりますが,かなりの事前準備が必要となりますので,短期の準備期間で達成するのは至難の業となります。

 

バーチャルな株主総会が難しいとなると,実際に開催するほかありません。ガバナンス上は参加率が多い方が望ましい訳ですが,昨今の情勢では,参加者が多ければ多いほど,株主や従業員を危険に晒すことになるので,会社としてはジレンマに陥ってしまいます。その結果が「参加自粛要請」という結果になっているのでしょう。しかし,株主に,株主総会へ出席権とコロナウイルスからの危険を避ける利益の選択を迫るのも酷に思います。株主の利益保護のため,いっそのこと,両方の利益(株主の共益権保護とコロナに対する安全性)をできる限り両立させるように株主総会を延期とするのも誠実な選択だと思います。

 

なお,株主提案がある場合等は,経営陣は更に難しい判断を迫られるでしょう。株主提案を行う株主からすれば,株主総会の場で提案の趣旨を他の株主に訴えかけたいはずですが,会社から自粛要請が出ている状況でわざわざ感染するリスクを冒して議場まで来る株主が少ないのは当然です。参加の自粛要請を出せば,実質的に株主提案を封じ込める効果が伴います。経営陣にそのような意図があるかどうかは別にして提案株主の目からはそのように映るリスクも考慮しなければなりません。

 

延期を検討するとしても,このような実務経験がある会社は稀で,不安もあることと思います。以下では,法律的な延期の位置付けについて紹介致します。

 

◎延期とは?◎

定期株主総会を6月開催している会社は数多くあります。これは3月末で事業年度が終了する会社が多いことを理由とするものですが,会社法上で事業年度の終了後の3か月以内に開催することが要求されているわけではありません(会社法296条)。

 

また,定款にて6月開催を定めている会社もありますが,法務省は,「天災その他の事由によりその時期に定時株主総会を開催することができない状況が生じたときまで,その時期に定時株主総会を開催することを要求する趣旨ではない」と解釈しています(http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00021.html)。取締役には,定款遵守義務が課せられており(会社法355条),その義務内容は決して軽いものではありませんが,緊急事態宣言の趣旨や,法務省からこのような見解が出されるような社会情勢からすれば,現在のような危機的状況が解消された後,一定の期間内に株主総会を開催していれば,万が一株主総会の延期により会社や株主に何らかの損害が発生したとしても,任務懈怠を問われる可能性は極めて小さいと思われます(定款違反の場合に経営判断と言えるのかは考えが分かれそうではありますが)。

 

以上の通り,延期自体は可能ですが,基準日の変更に伴う問題をクリアする必要があります。定款にて,定時株主総会の議決権行使の基準日や期末配当の基準日を定めている会社も多くあることと思います。会社法上,基準日株主が行使することができる権利は,当該基準日から3か月以内に行使するものに限られます(会社法124条2項)。したがって,例えば,3月31日を基準日としていた場合に,6月中に株主総会を開催することができなければ,新たに基準日を定め,その基準日の2週間前までにその内容を公告する必要があります(会社法124条第3項本文)。

 

会社それぞれの置かれた状況にもよりますが,一般的に総会における議決権の問題については,公告を行って新たに基準日を定めることに不満が出ることは多くはないでしょう。他方,剰余金の配当については,基準日に基づく剰余金の配当を織り込み済みで株式の売買を行なった株主にとっては不意に期待が外れるということになります。しかしながら,配当決議によって権利内容が確定する前の剰余金配当請求権は具体的権利ではなく一種の期待権であると理解されています(定款に基準日の定めがあってもこれは同様のはずです)。株主との関係性に関する価値判断によって結論は変わってくるでしょうが,私個人的には,このような緊急事態においてまでそのような期待権を保護する義務まではないかと思います。周知徹底されているとは言い切れないでしょうが,東証からのこのような事態の可能性についての事前のアナウンスもあったようです(https://www.jpx.co.jp/news/1030/20200324-02.html)。株主や従業員の安全の観点から延期を選択するのであれば,止むを得ない不利益ということになるのではないでしょうか。

 

なお,会計監査人設置会社は,定款の定めで取締役会に剰余金配当の決定を授権することができます。(会社法459条)。このような定款を有する会社ではもちろん基準日の株主に対して剰余金を配当することで問題ありません。

 

◎二段階方式とは?◎

株主総会を開催する意向であっても,計算書類や事業報告が間に合わず,株主総会における報告が出来ない場合も想定しなければなりません。東証,経団連や公認会計士協会等で組織される連絡協議会はこのような場合,株主総会の継続会を利用して処理するいわゆる二段階方式が提唱しています。これは「当初予定した時期に定時株主総会を開催し,続行(会社法317条)の決議を求める。当初の株主総会においては,取締役の選任等を決議するとともに,計算書類,監査報告等については,継続会において提供する旨の説明を行う」方法です(https://www.fsa.go.jp/news/r1/sonota/20200415/20200415.html)。

 

要は間に合わなかった計算書類や事業報告の報告のみを継続会にて行う方式です。決議事項については6月の定時総会で決議してしまうことが想定されています。継続会にて残るのは報告事項のみですので,当初の総会で決議事項の決議が無事済んでさえいれば,決議が取り消されるリスクはあまり大きくないのではないかと思われます。

 

他方で,二段階方式のデメリットとしては以下のような点があげられるかと思います。

◆来場者や従業員をコロナウイルスから保護するという観点では劣っている手法である◆

コロナウイルスにおける緊急事態宣言との関係で,二段階方式が注目されていますが,これはあくまで計算書類が確定出来なかった場合に止むを得ずとる手段です。二段階方式自体はコロナウイルスに対する対策になる訳ではありません。むしろ,二度開催する分,通常通り開催するよりも人の密集を防ぐという観点からは劣っていると言えます。

◆事務手続の手間や費用がかかる◆

継続会は,元の定時株主総会と一体として捉えられる程度の時間的範囲で行われなければなりません。従来の通説的見解では,当初の総会より2週間,長くとも1か月内程度で継続会が開催されなければならないとされていました。この点,緊急事態であることを踏まえ,金融庁,法務省,経済産業省が4月28日付で出した「継続会(会社法317条について)」と題する説明文によれば,3か月を超えないことが一応の目安となるとの見解が示されています。(https://www.fsa.go.jp/ordinary/coronavirus202001/11.pdf)。

 

本来の継続会であれば再び招集通知を送ることは不要となるはずですが,3か月も経過してしまえば,法律論的に元々の総会と同一性があるは言い難いでしょう。「継続会」とは実質的には臨時株主総会を開催するのと同様の手続きをとる必要があるように思います。つまり,招集通知の発送等を再度行わなければならず,実質的に二回総会を開催するのと同じだけの事務手続上の負担が生じる可能性があります(但し,会場に関しては縮小して開催できる可能性はあります)

◆計算書類の確定前に決議事項を決議しなければならない◆

二段階方式をとった場合,取締役等の役員の選任や剰余金の配当等の決議を計算書類や事業報告等が確定していない状況で行わなければなりません。通常の株主総会においては,計算書類や事業報告の報告を行った上で,議案の審議に入りますので,これでは順番が逆になります。決算書類は経営者の通信簿と言われますが,要は通信簿がきちっと確定していない状況で役員続投の判断や剰余金の配当の判断をしなければならないことになります。ガバナンスの正当性という意味からすれば,これも問題となり得ます。

 

◆計算書類が確定していない中で,剰余金の配当決議を行うことになる◆

剰余金の配当を行う場合,計算書類が確定していない中で(439条の取締役会の承認を受けていない中で)決議を行うことになるので,この点もリスクとなり得ます。この点について,前記三庁合同の声明では,当該行為の効力発生日が 2020年3月期の計算書類の確定前である限り,最終事業年度である2019年3月期の確定した計算書類に基づいて 算出された分配可能額の範囲内において行うことができる(461条)と説明しています(https://www.fsa.go.jp/ordinary/coronavirus202001/11.pdf)。このような形で分配可能額を確定することの負担がどの程度のものなのかは門外漢の私には分からないのですが,分配可能額を下回ることだけはないよう細心の注意が必要となります。

 

◎6月開催か,延期か,二段階方式か?◎

6月の定時株主総会までに計算書類や事業報告の報告ができないのであれば,延期か二段階方式の二択になります。ガバナンスの観点から言えば,計算書類等が確定できない以上,これらが確定してから,役員の選任や剰余金の配当の決議を行う方が望ましいので,計算書類等が確定してから,(即ち単純に延期して)株主総会を開催すれば良いのではないかと思います。コロナウイルス対策の観点から言っても開催は1回の方が良いでしょう。

ただ,延期とすると,基準日株主で,剰余金の配当を期待していた株主の期待には背くことになります。上で述べた通り,法律上は単なる期待権ですが,従来行われてきた慣行とは異なる判断を行うことになります。また,実際上安定株主がおり,決議の見込みが立っている場合にも,わざわざ基準日変更を伴い投資家を混乱させかねない延期には積極的になれないかもしれません。

 

計算書類や事業報告の報告が間に合うのであれば,今度は6月開催か延期かという選択肢になります。リスク判断をしようにも6月におけるコロナウイルスの脅威の程度は未知数です。おそらく,ぎりぎりの段階まで情報収集に努めた上で,開催が現実的なのかを判断する必要があるかと思います。

 

いずれの場合も最終的には会社の判断となる事項で,私はこのような経営上の判断に関しては全くの素人ですが,法律の観点からの参考になれば幸いです。

 

◎総会開催の上での具体的対策◎

二段階方式とするのか,総会自体を延期とするのか,または6月に通常通り総会を開催するのかという判断とは別に,実際の総会の場で充分なコロナウイルスの感染症対策をとることは株主保護の観点からも従業員保護の観点からも必要です。

 

これまでの現実に対策を講じてきた会社の経験や知見の方が広く,深いものかと思いますが,私がこれまでに見聞きした方策を羅列します。

 

・株主に対するマスク着用のお願い。マスクの着用がない株主にはマスクを配布。

・従業員及び役員のマスクの着用。多数と接触する従業員については手袋も。

・試供品等の配布を廃止(接触の機会の減少)。

・サーモグラフィの設置。来場者全員に対する検温。37.5度以上の熱のある株主には出席を断る。検温は非接触の方法が望ましい。

・気分が悪くなった株主,従業員に対する対応を検討しておく。別室の準備,医療関係者の待機等。

・株主ごとの質問個数の制限(時間短縮のため)。

・マイクカバーの交換,消毒の徹底。

・株主座席の間隔を大幅に拡大。

・従業員及び役員室においても3密を回避。

・議場の換気(窓,扉の解放)。

・来場しない株主に様々な形で不利益がないよう配慮。

 

 

 

弁護士・ニューヨーク弁護士 山村真登
2008年The University of Adelaide(オーストラリア連邦) 商学部国際ビジネス科卒業,2012年同志社大学法科大学院修了,2018年New York University School of Law (アメリカ合衆国ニューヨーク州) LL.M 修了,2019年ニューヨーク州弁護士登録。 国際的な取引や活動全般に関してアドバイスを行う他,外国人事件,事業承継や相続等に関する紛争,個人の賠償請求等に関する訴訟等も行う。企業のCSR活動に対するアドバイスの実績もある。