先日,京都文教大学にて,長年CSRの研究をされている島本晴一郎教授のお話を聞く機会がありました。

近年におけるCSR(企業の社会的責任)の世界的潮流について大変興味深いお話でした。法律家としても,CSRを考える良い機会となりましたので,企業とCSRの関係を考えたいと思います。

そもそもCSRとは?

CSR(企業の社会的責任)という概念は,一般的に以下のような説明をされます。

会社制度はもともと株主(シェアホルダー)の利益を最大化するための制度であった。しかし,企業活動が活発になるとその影響が社会の中でも大きくなった。社会制度によって法人格を付与され,社会において存在・活動する企業は当然社会的な責任を果たさなければならない。このような考えから,会社経営者は,株主(シェアホルダー)の利益だけでなく利害関係人(ステークホルダー。例えば,取引先,従業員,地域のコミュニティー)に対しても社会的な責務を負わなければならない。

個人であっても企業であっても,社会に対して責任を負うのは同じです。わが国でも,20世紀後半の高度経済成長の裏で深刻な公害被害が発生する等の企業活動の負の側面を経験しました。この頃から企業の責任は様々な形で問われており,このような説明自体には今更目新しさは感じないかもしれません。

 

CSRは法的義務なのか?

もっとも,法律論として考えてみると,経営者の立場から見て,経営者が株主に対して負う義務と各ステークホルダーに対して配慮すべき義務には差異があるように思います。

株主に対する責任

そもそも,株式会社制度の根幹は,

・株主の有限責任(株主と会社は別人格であり,株主は出資額以上に責任を負わない制度)

・経営と所有の分離(株主から委任を受けた)

・株式譲渡の自由

という点にあります。

株主は,会社とは別人格であり,会社の負債に対して直接責任を負いません。株主は経営の能力がなくとも会社に出資することができ,かつ,いつでも原則としてこれを譲渡することが出来ます。

これにより企業家は数多くの出資者から大規模な出資を受けることが容易となり,企業活動の規模が飛躍的に大きくなりました。アメリカの哲学者であり,ノーベル賞受賞者でもあるニコラス・バトラー(Nicholas Murray Butler)は,このような有限責任の会社制度について,「現代における最も偉大な単一の発明である」と述べています。

しかし,このような所有と経営の分離が成り立つのは取締役が株主(もしくは会社)に対して,信認義務(Fiduciary Duty)を負っているからこそです。つまり,経営陣は,法律上,忠実に株主の利益を最大化する任務を負っており,できるだけ高額の配当を分配したり,株価を高く維持する義務を負っています。経営者(取締役)が信認義務に違反して会社や株主に損害を与えてしまうと,任務懈怠を理由としてこれらの者から訴訟を提起され,賠償義務を負うことになります。

したがって,経営陣としては,いかなる決断を下す際にも株主の利益を最大化する決断は何かという観点を常に考慮する必要があると言えます。このような法的責任によって裏打ちされているからこそ,株主は取締役等の経営陣に会社の経営を任すことが出来るのです。

ステークホルダーに対する 責任

これに対し,取引先,従業員,地域のコミュニティー等会社のステークホルダーの利益が無視されて良い訳ではありません。

会社とこれらの者の関係は多くの場合会社法以外の個別法(例えば従業員との関係では労働各法,地域コミュニティとの関係では環境各法等)にて規律されています。社会の制度によって創出された存在である会社は当然法律を遵守することが求められます。しかしながら,法律上の義務は社会に存在する者が皆遵守しなければならない最低限の要件を定めたものであることがほとんどです。

そうすると,経営陣としては,ステークホルダーとの関係では,最低限の法律遵守さえしていれば足りるのに対し,株主との間ではいつ如何なる場合においてもその利益を最大化することを追求する義務を負っています。そうすると,過去に会社の経営陣がステークホルダーへの配慮に積極的になれなかったことも納得できます。

実際,1970年代に,経済学者であるミルトン・フリードマン(Milton Friedman)は,「会社には,株主の利益を最大化することに優先する目的はない」,「利益をあげることこそが会社の社会的使命である」等主張しました。このような考えを株主利益最大化原則や株主優位主義(Shareholder Primacy)と言い,会社経営においてはある種当然視されてきました。

株主の利益とステークホルダーの利益をどのようにバランスをとるのか

しかし,最近の会社のCSR活動を見ると,法律上の最低限の要求に応えるだけでなく,積極的に活動を行なって結果を出していこうとする姿勢が見えます。そうすると,ステークホルダーの利益のために,積極的に会社の資金を割く訳ですから,場合によっては株主の利益と衝突する場面も出てくる可能性があります。

では,会社は株主の利益とステークホルダーの利益のバランスをどのようにとれば良いのでしょうか。

抽象的な問いですが,次回以降のコラムで,判例等の中に何らかの考え方があるかを探っていきたいと思います。

文責 弁護士 山村真登

弁護士・ニューヨーク弁護士 山村真登
2008年The University of Adelaide(オーストラリア連邦) 商学部国際ビジネス科卒業,2012年同志社大学法科大学院修了,2018年New York University School of Law (アメリカ合衆国ニューヨーク州) LL.M 修了,2019年ニューヨーク州弁護士登録。 京都や関西の企業に対し,国際的な取引や活動全般に関してアドバイスを行う他,外国人事件,事業承継や相続等に関する紛争,個人の賠償請求等に関する訴訟等も数多く手掛けている。企業のCSR活動に対するアドバイスの実績もある。