台湾における営業秘密保護の重要性

今回のコラムでは,台湾企業とNDAを締結する日本企業のため,台湾において活動する日本企業のために,台湾における営業秘密の保護に関する法制度について解説します。

台湾においては,日本との比較において,優秀な人材であればあるほど,より良い条件を求めて転職する傾向にあるということが指摘されています。離職率が高いということは,それだけ企業側は営業秘密の流出に気をつけなければないということです。

これは日本におけるデータですが,IPA情報処理推進機構による「企業における営業秘密管理に関する実態調査」によれば,情報漏えいを経験した企業に対する調査において,全漏えい件数に対する外部者の不正の不正な立ち入りに起因する漏えいは2.9%,外部からの社内ネットワークの侵入に起因する漏えいは4.8%に留まるのに対し,現職従業員等のミスによる漏えいは43.8%,中途退職者による漏えいが24.8%と従業員に起因する情報漏えいの方が圧倒的に多い状況です。

台湾においても,営業秘密の漏えいが発生した事件のうち,従業員が故意または無意に漏えいした案件が約9割で,設備の故障やハッカーの侵入によって漏えいされたものがわずか1割だけであることが指摘されています(萬国法律事務所著 「台湾会社への投資・経営の法務」)。

データでも明らかな通り,労働市場が流動的であればあるほど,退職者等を通した営業秘密の流出のリスクは大きくなります。日本から台湾へ進出する企業は,日本よりも増して労務管理や情報管理の難しさを体験することになると言えます。

 

秘密保護に関する要件

台湾の営業秘密法では,ある情報が営業秘密として保護されるためには,情報が以下の要件を満たす必要があります。基本的な要件構造は,日本の不正競争防止法と非常に似ている内容となっています。

・「非公知性」

第一に,当該情報が,業界の者に一般に知られている情報ではないことが必要となります。例えば顧客リストは一般的には非公知性の要件を満たさないとされていますが,必ずしも画一的に決まるわけではありません。当該情報を他者が合法的な方法で容易に知り得るものでないことが重要となります。

・「経済価値」

第二に,営業上又は市場競争上において経済的価値があることが必要です。この要件についてはは比較的緩やかに認められる傾向があるようで,潜在的な価値があればこの要件は満たすものとされています。

・「秘密の主体による合理的な守秘措置」

最後に,当該情報に対し,「秘密」等のラベルを付したり,アクセス制限を行うことによって,客観的な合理的守秘措置をとっていることが必要となります。日本法においても争われることの多い要件ですが,台湾でも同様です。

従業員とNDA(守秘義務契約)を締結しておくのは,情報を守秘する上での手段の一つではあります。しかしながら,それだけでこの要件が満たされる訳ではありません。従業員による情報流出の案件につき,NDAが締結されていたにもかかわらず,事務所のスタッフ全員が当該情報にアクセス出来たという理由で要件該当性を否定した判決があります。結局のところは実態として普段からどのような管理が行われていたかが問われます。

 

民事・刑事上の責任

営業秘密を不正な方法で営業秘密を取得した者,もしくは,営業秘密であることを知って,または重大な過失によって知らずに当該秘密を取得,使用,漏えいした者に対しては民事上・刑事上の責任を追及することができます。台湾の営業秘密法では,以下の通り日本法よりも救済は充実していると言えます。

・ 損害賠償

侵害行為に対して賠償請求を行う際,侵害行為の態様により実際の損害額の3倍の額までのいわゆる懲罰的賠償を課すことが出来るとされており,日本法より責任は重くなっております。

・ 差し止め

侵害行為によって作出されたものや侵害の用に供されたものに対して,廃棄等の措置を命じることが出来ます。この点は日本法と同様ですが,日本よりも積極的に用いられているとの指摘があります。

・ 刑事責任

営業秘密の侵害に関する刑事責任は2013年の立法によって創設されたものです。5年以下の懲役または100万元から1000万元の罰金もしくはその両方という法定刑が定められており,非常に重い刑事責任となり得ます。現状,有罪判決が下される割合も多くはないことからまだまだ実務的運用は安定していないとの指摘があります。

前述の通り,台湾に進出する企業にとっては営業秘密の漏えいは現実的なリスクとなります。台湾においては日本法よりも厳しい責任が定められておりますが,情報が漏えいすれば直ちに責任追及出来るというものではありません。普段からの管理体制を定期的に見直すことが重要です。

弁護士・ニューヨーク弁護士 山村真登
2008年The University of Adelaide(オーストラリア連邦) 商学部国際ビジネス科卒業,2012年同志社大学法科大学院修了,2018年New York University School of Law (アメリカ合衆国ニューヨーク州) LL.M 修了,2019年ニューヨーク州弁護士登録。 台湾の法律事務所で勤務していた経験を生かし,京都や関西の企業に対し,国際的な取引や活動全般に関してアドバイスを行う他,外国人事件,事業承継や相続等に関する紛争,個人の賠償請求等に関する訴訟等も数多く手掛けている。企業のCSR活動に対するアドバイスの実績もある。