CSRと会社法 1

CSRと会社法 2(本記事)

法律上,株主の利益とステークホルダーの利益をどのようにバランスをとることとなっているのでしょうか。株主とステークホルダーの利益が対立するような場面で,会社がステークホルダーを利するような決断を行うことは許容されるのでしょうか。

 

残念ながら法律や判例上に明確な基準や回答がある訳ではありません。しかしながら,アメリカの判例法理では,徐々に株主優位の原則の考えに変化が認められます。

 

・Dodge v. Ford Motor.Co.(1919年 ミシガン州最高裁判所)

本判例は,モデルTの成功によって相当な余剰資産を得たフォード自動車の経営陣が,従業員の給与を上げ,新たな工場建設を行うため株主への配当を行わないと判断したことに対し,少数株主であったダッジ兄弟が異論を唱えて提訴した事件です。フォードの代表取締役でもあり,多数株主でもあったヘンリー・フォードは「より多くの従業員を雇い,産業化による利益を最大限社会に広めること」を目的とし,利益を自動車業界に還元することが目的だと主張して配当しないことを正当化しました。単純に言えば,会社側の社会貢献の目的のために株主に配当しないという判断が許容されるのかが問われた事件です。

 

この点に関し,ミシガン州の最高裁は「会社は主として株主の利益のために経営され,取締役の権限はこの目的のため行使されなければならない。取締役にはその目的達成のため手段の選択を選択する裁量はあるが,その目的自体を変更したり,利益を削減したり,他の目的のために利益を分配しないという裁量まではない」と判断しました。誤解を恐れずに述べると,本判決は,会社は株主の利益の観点から経営上の判断を行うべきで,社会貢献等を含めた他の目的を考慮することはすべきではないと判断したのです。

 

少数株主であるダッジ兄弟は,フォードと競争する自動車会社を経営しており,フォードには配当をしないことに関して社会貢献以外の(裏の)目的があったのではという指摘されており,判例の解釈には有力な異論もあります。

 

しかし,一般的に本判例は,株主優位の原則(Shareholder primacy)を示した判例として現在でも多くのアメリカの会社法のケースブックや教科書にて参照されています。

 

・Unocal Corporation v. Mesa Petroleum Co. (1985年 デラウェア州裁判所)

Dodge v. Fordでは,裁判所は他のステークホルダーの利益を考慮することには消極的でした。本判例は,敵対的買収に対する買収防衛策を採用する際における取締役会の義務を判断する基準を提供したという点で会社法上の重要判例ですが,他にもステークホルダーの利益を考慮することが出来るとした点において,CSRとの関係でも意義のある判例です。

 

本件では,メサ・ペットローリウム社より二段階の敵対的買収を仕掛けられたユノカル社の取締役会の義務の内容が問題となりました。デラウェア州最高裁判所は,会社の取締役会は「株主を含む企業事業体の利益を保護する基本的な任務と義務を負って」おり,企業事業体の利益を評価する上で「株主以外の構成員(すなわち,債権者,顧客,従業員,そしておそらく地域社会一般)に与える影響も考慮することが許容される」と判断しました。これまでは,ステークホルダーの利益を考慮することは,それが終局的には株主の利益になる限りにおいて許容されていたのに対し,本判例は,買収という会社の重要場面において,明示的にステークホルダーの利益に与える影響の考慮を許したものでDodge v. Ford の判決内容とは方向性が異なっていると評価出来ます。

 

もっとも,同年代に出たRevlon v. MacAndrews & Forbes Holdings, Inc判決では,会社の破綻や経営権の交代が避けられない状況であれば,株主の利益の最大化が取締役会の任務となり,会社の危機的場面においては,ステークホルダーの利益の考慮が原則として許されないと判断しました。

 

・Constituency Statutes(構成員利益条項)

このような変化を更に後押しするかのように,アメリカの多くの州は,会社の取締役が,会社株主以外のステークホルダーの利益を考慮すべき(または考慮することができる)ことを明示した法律(構成員利益条項,Constituency Statutes)を有するに至りました。例えば,ニューヨーク州の会社法には以下のような条項があります。

(b) 会社の支配権の変更または変更の可能性を伴う,またはそれに関連する行動を含む行動(ただしこれに限定されない)をとるにあたって,取締役は,(1) 当法人およびその株主の長期的および短期的な利益,および (2) 当法人の行動が短期的または長期的に以下のいずれかに与える影響を考慮する権利を有するものとする。
(i) 会社の潜在的な成長,発展,生産性及び収益性の見通し
(ii) 会社の現在の従業員
(iii) 退職者,並びに会社が主催し,締結した契約や制度に基づき,退職金,福利厚生または同様の給付を受けている,または受ける権利を有する受益者
(iv) 会社の顧客および債権者
(v) 継続企業として,商品,サービス,雇用機会,雇用上の利益を提供し,事業を行う地域社会に貢献する会社の能力

New York N.Y. Bus. Corp.Law § 717(b) (抜粋)

もっとも,多くの会社の本拠地があるデラウェア州はこのような法律を有していません。

 

では,日本ではどうでしょうか。

・八幡製鉄政治献金事件(最判昭和45年 6 月24日民集24巻 6 号625頁)

本事件は,会社による政治献金が適法であるかについて争われた訴訟です。八幡製鉄という会社が,政治政党に献金の支出をしたことが,会社の権利能力(定款所定の目的)の範囲を超え,取締役の善管注意義務・忠実義務に反するとして,株主により代表訴訟が提起された事案です。

 

日本の最高裁は株主とステークホルダーの利益の調整について興味深い考えを示しています。

 

「会社がその社会的役割を果たすために相当な程度のかかる出捐をすることは,社会通念上,会社としてむしろ当然のことに属するわけであるから,毫も,株主その他の会社の構成員の予測に反するものではなく,したがつて,これらの行為が会社の権利能力の範囲内にあると解しても,なんら株主等の利益を害するおそれはない」

 

つまり,会社という制度がそもそも社会的存在であることから,社会的活動を行うことは当然であり,そのために一定の費用負担をしたとしても,それで株主の利益が傷つけられたと考えるべきではないと示しています。本件は政治的色彩が強い事例であり,純粋に株主の利益とステークホルダーの利益の対立が意識されていた訳ではありません。しかしながら,日本の裁判所はCSRという言葉が根付く遥か前から,会社制度が株主のためだけにあるものではないと捉えていたとは言えるのではないかと思います。

 

実際,同判決では取締役が会社を代表して政治資金の寄附を行なった判断が,「その会社の規模,経営実績その他社会的経済的地位および寄附の相手方など諸般の事情を考慮して,合理的な範囲内」にあれば,忠実義務違反とはならないと判断しています。つまり,取締役は,会社財産を社会的活動に充てる当然に出来,その判断には一定の裁量があると考えられているのです。

 

・まとめ

もちろん,会社制度の根幹は,株主が利益を得ることです。しかし,短期的な利益追求に偏り過ぎてしまい,ステークホルダーに対する考慮が欠けてしまえば長期的な株主の利益を確保するのも段々と難しくなっていくでしょう。例えば,企業活動により地域の環境問題を疎かにすると,100年後は同じ事業を継続することできなくなるかもしれません。また,従業員の基本的な人権を守れない企業は長期的には,良い人材の確保が難しくなるでしょう。長期的な会社の繁栄のためには,様々なステークホルダーの利益をバランス良く配慮することは望ましいだけなく,必須です。日本にはもともと短期志向を良しとしない企業風土を持っている会社は多くあります。長期的繁栄のために,様々なステークホルダー全体の利益を最大化し,社会的指名を最大限果たす企業が数多く生まれれば,日本の未来はより明るくなっていくのではないでしょうか。

 

 

弁護士・ニューヨーク弁護士 山村真登
2008年The University of Adelaide(オーストラリア連邦) 商学部国際ビジネス科卒業,2012年同志社大学法科大学院修了,2018年New York University School of Law (アメリカ合衆国ニューヨーク州) LL.M 修了,2019年ニューヨーク州弁護士登録。 京都や関西の企業に対し,国際的な取引や活動全般に関してアドバイスを行う他,外国人事件,事業承継や相続等に関する紛争,個人の賠償請求等に関する訴訟等も数多く手掛けている。企業のCSR活動に対するアドバイスの実績もある。